第4回小和田記念講座に参加して
『他流試合』が拓く平和への道
杉本 智美
東京大学大学院総合文化研究科 修士課程1年
1795年、イマニュエル・カントは著書『永遠平和のために』において、国家間の平和は一時的な休戦ではなく、持続的な体制として構築されるべきだと説いた。それから200年以上が経過したが、現代においても、この理想の実現は国際社会の重要な課題であり続けている。今日、ウクライナ侵略、パレスチナ・ガザ情勢をはじめとし、国際社会における分断と対立は深まっており、世界は歴史の転換点にある。
このような国際情勢の中、2024年11月、東京大学駒場キャンパスで開催された第4回小和田記念講座は、カントが提示した永遠平和の理念はいかにして実現できるのか、本質的な問いを投げかけるものであった。来る2025年、国連は創立80周年を迎える。しかし、国際の平和と安全の維持を担う国連、とりわけその中核的機関である安全保障理事会は機能不全に陥っているという批判も聞かれる。本講座は、こうした現代的な文脈の中で、国際社会における平和活動の可能性と限界を、国際政治と国際法の交差という視座から検討する貴重な機会となった。
プログラムは、まず1日目に、小和田恒先生による国連における平和維持の歴史と制度的発展についての講演から始まり、続いて遠藤貢教授によるアフリカにおける武力紛争の性質の変化、平和活動の変遷と課題についての基調講演が行われた。2日目には、国際政治と国際法を専攻する学生による計4時間に亘る討論が開催された。日本からは東京大学・早稲田大学の学生が参加し、ライデン大学からは、異なる文化的背景を持つ学生―オランダのみならず、トルコ、台湾出身の学生―が参加した。
議論は主に3つの論点、すなわち、(1)平和活動の概念、(2)国連の制度的枠組み、(3) 政治的意思の役割を軸に展開された。とりわけ活発な議論となったのは、現代の紛争が国家間紛争から国内紛争へと性質を変化させている状況において、既存の国連安全保障体制の実効性を問い直す点であった。これに対し、アフリカ連合などの地域機構との戦略的な協力関係の構築や、国連が動員可能なリソースの制約を現実的に見据えた上での活動展開の重要性が指摘された。これらの議論は、理想と現実のバランスを取りながら、いかにして効果的な平和活動を実現するかという問いを検討するものであった。議論を通じて、国際政治学と国際法学という異なる学問的視座が、相互補完的な役割を果たし、より包括的な問題理解と解決策の模索に貢献しうることが示された。小和田先生が「他流試合」と表現されるこの討論は、異なる文化的・学問的背景を持つ参加者それぞれの視点が交錯し、時に対立を見せながらも、単なる視点の突き合わせにとどまらない、より深い相互理解へと至る共同作業の過程であった。
本講座への参加を通じて、多くの学びを得たが、主な二点にまとめたい。第一に、事象の理解における視座、優先事項、判断基準は専門分野によって大きく異なる。例えば、「平和とは何か」という根元的な問いについて、国際政治学の観点からは「戦争のない状態」や「国家間の交渉が成立している状態」として捉えられる一方、国際法学の観点からは国連憲章や国際条約に基づく規範的枠組みを基礎として議論が展開される。こうした認識の違いを踏まえた上で、相互の立場を理解し尊重しながら対話を重ね、共通理解を形成していくプロセスこそが、複雑な国際問題の解決には不可欠である。第二に、平和活動の実効性を高めるためには、理論と実践を架橋する視点が必要不可欠であるという認識である。遠藤教授の講演は、紛争地における現実の複雑さを鮮明に描き出し、法的枠組みのみならず、政治的・社会的文脈を含めた包括的なアプローチの必要性を浮き彫りにした。学生討論においても、国家の政治的意思が各国の歴史的経験を基盤として醸成されている点が指摘された。この視点は、実効性のある平和活動を構想する上で看過できない重要な示唆を含んでいる。
本講座での学びを踏まえ、今後の抱負を述べたい。小和田先生が強調されたように、国際社会における建設的な対話には、相手の立場を深く理解し、その上で自らの見解を論理的に提示する力が求められる。異なる専門性や文化的背景を持つ人々との対話を重ねる中で、単なる妥協点を探るのではなく、多様な視点を活かした創造的な解決策を見出す能力を磨いていきたい。同時に、現場の複雑な実態を常に意識しながら、確かな学術的基盤と実務的な知見を備えた、理論と実践の架け橋となる人材を目指していきたい。この講座での経験を出発点として、今後も研鑽を重ね、国際社会の平和と安定に貢献できる人材となれるよう努めていきたい。
最後に、このような素晴らしい学びの機会を提供してくださった小和田先生、バイル総長をはじめとする、日本・ライデン両大学の先生方、運営関係者の皆さま、ディベートに参加した学生の皆さん、そして第4回小和田記念講座に関わってくださった全ての皆さまに、心から感謝申し上げたい。