現実の中で築く平和と国際秩序
唐 夢娜(トウ ムナ)(東京大学大学院総合文化研究科 修士課程2年)
第4回小和田講座から受け取ったメッセージ: 「既存の考え方に追従すれば良い」に「ノー!」を突きつけ、創造的に考え、新しい世界を築こう。
冒頭講演
小和田大使は、冒頭のスピーチで、学生たちに、国際連合における「国際の平和の維持」のためのメカニズムの可能性と限界について深く考えるよう促した。歴史的展開として、1943年のテヘラン会談では、アメリカのルーズベルト大統領、イギリスのチャーチル首相、ソ連のスターリン総統が集まり、今後の世界のあり方について話し合った。そして、平和を維持するために3人の警察官が強制執行する集団安全保障体制が設けられた。
しかし、冷戦の勃発によってこの仕組みは凍結された。安全保障理事会が対応できなかったため、国際的な軍事介入を行うための代替手段として、平和活動(Peace Operations)が設立された。また、二つの枠組が誕生した: 1. 総会は「平和のための結集」決議を採択した;2.事務総長は国連憲章第98条に基づき、多国籍軍の派遣に成功した。小和田大使は、これらの仕組みはまだ十分に発展していないため、創造的な実施に向けてさらなる検討が必要であると指摘された。
一方、平和維持活動を行うためには受入国の同意が必要であること、また冷戦後の武力紛争が非国際的な性格へ変化していることが今の現実である。こうした状況や現実が国連の「国際の平和の維持」のメカニズムにどのような影響を及ぼしてきたかをよく議論するよう、小和田大使は促された。より具体的な文脈で議論が展開できるように、「スレブレニツァの大虐殺」が例として挙げられた。
基調講演
東京大学の遠藤教授は、アフリカにおける平和活動について、特にアフリカ連合(AU)という地域組織によるメカニズムを中心に基調講演を行われた。アフリカでは、2010年代以降、「非国家間紛争(non-state conflict)」が増加しており、武装集団間の紛争や、政府や武装集団による市民に対する一方的な暴力が発生している。武装集団の多くは、いわゆる「テロリスト」グループと関連しているとされる。そこでAUは、これらの暴力を排除するために「タスクフォースを基盤とする平和活動」を設立した。この新しいメカニズムは一定の目標を達成することができたが、暴力の背景としての政治的・経済的な課題に対しては、依然として手つかずのままである。さらに、「テロリスト」とは誰かという問題を考えることは重要であり、テロリスト集団のメンバーがテロリスト集団に加わる理由は、ほとんどの場合、政府に対する不信感と経済的困難である。遠藤教授は、「人間の安全保障」の観点を示し、人間中心のアプローチでメカニズムを構築する必要性を指摘された。
遠藤教授の講演に続いて、学生たちは、武力紛争の性質の変化、平和活動の新たな展開、「テロリズム」、アフリカの文脈における「人間の安全保障」などについて、議論を深めた。
学生討論
学生討論は、小和田講座の中核をなすものである。今年はライデン大学から4人の博士課程の学生、東京大学から4人の学部生と修士学生、早稲田大学から1人の修士課程の学生が参加した。4時間近いディスカッションは濃密で実り多いものとなった。
セッション1
最初の2時間は、主にアフリカにおける平和活動について議論した。
まず、議論は「テロ」活動の分析から始まった。「テロ」集団への参加動機は、差別感情などの「プッシュ(push)」要因と、「テロ」募集キャンペーンなどの「プル(pull)」要因に分けられる。ISISのようなジハード主義集団は、宗教、社会問題、など、人間の弱い側面を巧みに利用して、人々を殺人マシーンに変えている。さらに、貧困も大きな要因のひとつである。したがって、短期的な解決策、すなわちAUによる「タスクフォースを基盤とする平和活動」や国連による平和活動では、長期的にこれらの問題に取り組み、受入国の統治能力を強化することはできない、というのが私たちの意見である。どうすれば長期的な解決策が見つかるのか。地域的機関の役割は極めて重要である。現地の事情をよく理解している地域的機関がアフリカにおける平和活動における責任を分担することが重要であるとの認識で私たちは一致した。また、保護する責任(R2P)による負担分担を提案する者もいた。地域的機関がその能力に応じて対応するためには、対応できる最大限の武力紛争の烈度を認定する必要がある。武力衝突の烈度がこの限度を超える場合は、R2Pのもと、強力な国家による国際的な対応が引き起こされるべきである。武力紛争の激しさが基準以下である限り、地域的機関は長期的な活動を続ける。それに関して、「人間の安全保障」の観点からR2Pのアプローチに賛成する者もいた。また、安全保障理事会決議2719(2023)の提案と似たような考え方として、「資金調達が国際的責任」と「活動の実施が地域的責任」を肯定する意見もあった。しかし、「烈度」という基準は現実的なのだろうか。アフリカ諸国は、R2Pを口実にした旧植民地支配者の介入に抵抗しないのだろうか?国際的な資金援助は有効な解決策なのだろうか?
確かに、アフリカの植民地としての歴史は、今日までその影響を引きずっている。私たちは、R2Pであれ「人間の安全保障」であれ、国際的なコンセプトを現地の文脈に適用することの重要性への認識を共有している。国連の立ち位置や現地コミュニティの主体性を配慮することを提案する人もいた。しかし、権力闘争、宗教対立、「テロ」活動など、現地の文脈は、実のところ非常に複雑である。また、武装集団を統治に参加させるための国内的な権力分担構造の構築や、資源を交換するための国際的な権力分担構造の構築は難しい。
このような複雑な現実に、簡単な解決策はない。
セッション2
セッション2では、「国際の平和の維持」のための国連の構造と仕組みに焦点を当てた議論が行われた。
議論は「スレブレニツァの大虐殺」から始まった。オランダの学生たちは、オランダ大隊(Dutchbat)がこの悲劇の原因と深く関わっていることから、この問題についての意見を求められた。まず一人は、オランダと国連の責任について、国内(オランダ)、地域(EU)、国際(ICTY)の各レベルで訴訟が起こされたと説明した。国内訴訟では、オランダは責任を負わず、国連は免責されるという判決だった。もう一人は、Dutchbatの責任とスレブレニツァ地域の保護における失敗について意見を述べた。まず、国連から与えられた任務を遂行するために必要な資源が供給されなかった。そして、Dutchbatがボスニア・セルビア人準軍事組織に対する一定の合理的な恐怖を持っていたことも考慮するべきだとした。さらに、国連平和活動の指揮系統が尊重されていなかった。小和田大使は、法的観点から指揮系統について指摘された。朝鮮戦争では「平和のための結集」決議によって国連が司令体系のトップにたった。しかし、指揮系統は国連憲章第7章を超える問題であり、より現実的な方法で実施されることが多い。
この指揮問題以外に、「スレブレニツァの大虐殺」の原因は何だったのか。失敗そのものの複雑さを指摘しつつ、政治的意志と軍事的能力の欠如を理由に挙げる者もいた。オランダ政府は平和活動に参加する政治的意志を持っていたが、Dutchbatはボスニア・セルビア人準軍事組織に対抗するだけの軍事的能力を持っていなかった。そのため、安全保障理事会が承認した安全地域を守ろうというDutchbatの政治的意志の欠如につながった。それに対し、保護する政治的意志は確かにあったが、その理由はボスニア・セルビア人準軍事組織による「邪悪な」計画を認識できなかったことと事実誤認にあったという意見もあった。これに対し、「政治的意志」に基づく虐殺阻止の失敗の説明に同調せず、代わりにもっと具体的な現実を示すべきだと提案した者もいた。欧州経済共同体(現・欧州連合)はその制度的限界から紛争に対処することができず、旧ユーゴスラビアの問題に対する欧州各国のスタンスは異なっていた。さらに、安全保障理事会が与えたマンデートの中には、第7章に基づく武力行使の許可が含まれていたが、国連軍には資源がなく、自衛さえ難しかった。
さて、現在起きていることとして、ウクライナとロシア、イスラエルとガザの武力紛争をどう解決するのか。その問いに関する楽観的な意見はなかった。安保理は再び麻痺している。事務総長が国連憲章第98条に基づく権限を行使したとしても、その実効性と実現性は予見できない。ガザ情勢については、国連が強力な国々のサポートなしに効果的に行動することは難しい。ウクライナ紛争では、米国と欧州諸国が軍事支援を行っており、有効な解決策のように見える。しかし、これは解決策なのだろうか。政治的な意志は作れないか。国連は平和のためにどのような役割を果たすべきか。
未来への希望は?
ディスカッションからの学び
東京側からは、3回の準備セミナーがあり、毎回異なるテーマについて議論した。これらの練習は、ディベートの仕方に慣れるために重要だった。練習を重ねるたびに、自分の考えや分析がより明確になっていくのを感じた。小和田講座では、ライデン大学の学生たちとの実りある知的交流がとても楽しかった。
しかし、それだけではない。セッション2の終わり頃、かなり議論に貢献できたと思っていたら、小和田大使はウクライナやガザの問題についていろいろと質問をしてくださった。それらの質問はやや答えにくいと感じた。何が起こったのか、その理由を説明するのは簡単だ。しかし、現在の問題に対する解決策の一歩先を考えることは、より困難ではあるが、より重要なことである。私の答えは、国際関係論の観点からすると、「現実主義的」なニュアンスが強いと思われた。そして、潜在意識の中にある、現在の世界に対する自分の悲観的な認識を気づくようになった。しかし、現実が厳しいとはいえ、ある程度の国際秩序は否定してはならない。気候変動などの問題を解決するためには、世界の結束が必要である。共通の価値観、文化の多様性、「人間の安全保障」などが共有される世界である。
現実の複雑さが確実なことだが、私たち若い世代こそが未来への希望なのだ。前向きに、新しいものを創造し、悲観的な現実を変えよう。
論破(argue)ではなく、論議(debate)を
小和田講座は、論破ではなく、論議を通じて、問題の複雑さに対する学生の理解を促進することを目的としている。立場が異なる相手の意見に耳を傾け、視点を補い合い、より高いレベルで問題を理解する。賛成も反対もできるが、勝ち負けはない。
今回の様子から見て、私たちはこの論議の目標が達成できたのではないだろうか。
小和田大使、遠藤先生、小和田講座委員会(川喜田先生、キハラハント先生)、ライデン・東京・早稲田大学の学生の皆さん、第4回小和田講座に関わったすべての皆さまに心から感謝申し上げます。